到着した船着き場から「たれ耳ジャック」がいる漁港は目と鼻の先。この足ですぐにでも会いに行きたかったが、無駄に多い荷物のせいで、今にも肩と手が引きちぎれそう。まず予約した民宿に行くことにした。
キョロキョロしながら歩いていると、港、道端、民家の庭にいるネコ、ネコ、ネコ。圧倒的なネコ量と心の窓全開の人懐っこさ。島では猫を豊漁の神様として大切にしているので、犬の持ち込みも原則禁止(盲導犬、介助犬などは除く)。「ああ、ネコの楽園ってあるんだなぁ」と、地味に感動しながら道端のネコと戯れていたら、10分で着く道のりに30分もかかってしまった。
「ごめんください、今日と明日お世話になるネコハシです」
民宿の玄関を開けると、ひと呼吸置いて、
「はーい、ちょっとお待ちください」
奥の部屋から、かっぷくのいい短髪白髪の男性(民宿の大将)が出てきた。その後ろから黒い物体がシュッと現れ、ボクの横をサッと通り抜ける。急いで後ろを振り返ると、黒い物体は楽しそうに庭をキャンキャン走り回っていた。「元気なタヌキくんじゃないか」。ボクは心の中でそう思うことにした。だって猫の島に目がくりくりしたカワイイ犬がいるはずがない。
民宿の大将に晩飯や風呂の説明をうけながら部屋に通される。その間「大丈夫、ここは猫の島。犬などいない、いるはずがない。タヌキ、タヌキ」と、自分に言い聞かせていると、いつの間にかベッドの上で横になっていた。たぶん、旅疲れだろう。しかし一刻も早くジャックに会いたい。ボクはカバンからマフラーを取り出してひと巻きし、トイカメラを首からさげた。若干の息苦しさを感じながらもジャックのいる漁港に向かう。
すぐにジャックは見つかる。網の手入れをしているベテラン漁師ご夫婦の後方に座って、小さな声で「ミィーミィー」と鳴いていた。漁師さんが雑魚をあげる時間は、もうとうに終わっているようだ。まわりにジャック以外のネコはいない。
なんという弱肉強食。かぼそい腹減りコールが強い海風にかき消されて、もうボクには小沢昭一が奏でるハーモニカの音色にしか聞こえない。昭和的な哀愁を勝手に感じながらトイカメラでジャックを撮影していると、網に掛かった雑魚を漁師さんがほうり投げた。すぐに魚をくわえて漁の資材置き場に走っていくジャック。他のネコに魚を取られないように物陰でこっそり食べる。
頭から尻尾まで全部食べ終わると、また漁師さんのところに戻って「ミィーミィー」と鳴く。また雑魚をもらい物陰で食べる。これを2、3回繰り返すと、ようやくお腹がふくれたのか、漁の道具が入ったカゴの中で眠り始めた。
ジャックの後ろについて港を右往左往して冷たい海風にあたったせいか、ボクにも眠気が押し寄せる。ジャックの寝顔を何枚か撮影して民宿にもどることにした。部屋のベッドでしばらく横になっていると晩ご飯の声が掛かる。食堂のテーブルには島で採れた新鮮な魚やカキを使った大将自慢の手料理が並ぶ。美味しい料理をいただきながら隣の部屋から聞こえてくるタヌキくんの「キャン、キャン」シャウト。いろんな意味で猫の島を堪能してお腹も気持ちもふくれたので、ご馳走様をしてシャワーを浴びる。持参のパジャマに着替えて早めのベッドイン。
眠いのに眠れない。知らない土地で1人ぼっちの緊張からか、パティと会えない寂しさからか、とにかく眠れない。部屋にはテレビもないし、読書をしようにも持ってきた本と猫の島のベクトルがあまりにも違いすぎた。『SかMか』(団鬼六 著)をカバンの1番奥にそっとおしこむ。そうだ、明日のことも考えてトイカメラで撮影したジャックの画像を、持ってきたノートパソコンにバックアップすることにした。しかしそこはパソコンと死ぬほど縁がないボク。バッテリーをしめす表示は残量5%。リュックと手提げカバンを全部ひっくり返しても見つからない電源コード。こんなときに限って、持ってきた薬は正露丸。このノドの感じ、風邪かも知れない。
宮城県石巻市からフェリーで約1時間の場所にある離島で人口約100人の漁師町。島民より、猫が多い猫の島としても有名で、猫を大漁の神様として山の祠に祭っている。人形劇『ひょっこりひょうたん島』のモデルになった島でもある。東日本大震災で津波の被害をうけ、現在も復興中。
ピンバック: 続々・パソコンと死ぬほど縁がないボクと田代島『たれ耳ジャック』の話。 | ネコボク手帖
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