朝6時、ボクは布団に入ったまま腕を伸ばして目覚まし時計を止めた。寝つけなかったせいか、風邪なのか、とにかくカラダがだるい。しかし起きねばならない。それは昨晩、夕食のときに民宿の大将から聞いたネコ情報をどうしても確認したいからだ。早朝に近所のおじさんがネコが集まる場所を巡回してご飯を配るその後ろをネコがついて回り、まるでハーメルンの笛吹き男のようだというのだ。
フワフワした微熱をカラダに感じながら昨日と同じ黒いハット、黒いコートに、今日は白シャツとグレーのウールパンツに着替える。鏡に映った自分の姿を見て『エルム街の悪夢』フレディーから『妖怪人間ベム』に変わったことを確認。ここにきてどうしてもホラー系になる自分の姿に一抹の不安を感じつつ、とにかく出発した。
民宿を出て港の方向に坂をくだると、民家の前にネコの集団を発見。ネコにまじってベムも一緒に待っていると、手押し車にご飯を乗せたおじさんが民家から出てきた。軽く挨拶をしておじさんの後ろをネコと一緒について行く。手押し車をゆっくり走らせるハーメルンの笛吹きおじさん、その後ろに連なるネコの軍団、微熱でフラフラしながら最後方を歩く妖怪人間ベム。しばらくすると奇妙な一団はネコの集う第一集合ポイントに到着。
おじさんは手押し車からビニール袋に入ったネコのご飯を取り出す。ネコの集団にフリカケを振り掛けるようにパラパラとご飯をまく。ムシャムシャご飯を食べるネコを横目に、おじさんは足早に次の集合ポイントに向かう。その後ろをさらに追いかけるネコ。ここでボクは力尽きた。睡眠不足と風邪のせいか、気分が悪くなり、いったん民宿にもどることにした。朝食と昼食をキャンセルして迷わず布団の中にもぐる。
目が覚めたのは午後3時。心なしかカラダのだるさも取れて、これはイケると思ったボクは、パジャマから再度、妖怪人間ベムに着替えてジャックのいる港に向かう。海風がビュービュー吹き荒れる港には漁師さんもいなければ、ネコの姿もない……。せっかく猫の島に来たのだから満喫せねばと、猫神社がある山に向かうことにした。
坂道をのぼり田代島で唯一の売店を通りすぎ、山の入口にいるネコと少し戯れて、山道をずんずん進む。15分ほど歩くと小さな祠がある猫神社にたどりつく。古びた鳥居にしめ縄が巻かれ、祠の前には招き猫やネコの絵を描いた石が並ぶ。両手を合わせてパティの健康と野良猫の交通安全を祈り、山道をさらに突き進む。
ここまで人と誰ひとり出会っていない。木が茂ってないせいか風が強くて寒いし、少しずつだが日も沈んできた。不安になった妖怪人間ベムは早足で山道を歩く。進めど、進めど、まわりは枯れた草木。季節的に普通かも知れないが、不安にかられたボクにはトロールのいる闇の森に迷い込んだとしか思えず、小走りで山道を進んでいると、ようやく海岸線に出た。
紅色に染まる美しい水平線にうっとりしながら、着実に沈んでいく夕日を目の当たりにして加速する不安と足取り。しばらく海岸線を歩くと海風を全身で受けたせいかカラダの芯まで冷えてきた。よからぬ思いが頭をよぎる。もし鋭利な小枝を踏んで歩行困難になり、急激に風邪をこじらせて行き倒れ、山中で発見されたらどうなるかと。東京からバカンスに来た独身のネコ好き妖怪人間ベムが、山中でひっそり孤独死……。悲惨すぎる結末に歩く速度がさらに加速する。
海岸線から山中にもどり歩き続けると、特徴的なネコ型ハウスのキャンプ施設『マンガアイランド』が見えてきた。今は季節外れの12月、施設は完全閉鎖中。日没まであとわずか、民家のある漁港までもう少し。急がねば。競歩なみのオーバースピードでラストスパートを仕掛ける。日没直前に民家のある場所までなんとか辿り着いた。今日は早朝のハーメルンの笛吹きおじさん以外、誰ひとり人と出会っていない。あまりの寂しさとゾクゾクする寒さに、すぐさま民宿に戻る。
玄関でキャンキャン吠えるタヌキくんのお出迎えに安堵するボク。なんだかんだタヌキくんにも慣れてきたなーと、思いながら冷えた体をシャワーで温めていたらお腹が減ってきた。そういえば今日は何も食べていない。昨晩につづき豪勢な夕食を食べながら大将の苦労話を聞きつつ軽く晩酌。アルコールで気が緩んだのか急に悪寒が襲ってきた。グラスに残ったビールを飲み干して布団に入る。
本格的な風邪に備えてベッドの横にお茶のペットボトル、甘露のど飴を置いて電気を消す。明日は田代島最終日。ここで風邪だと思ったら負けだと自分に言い聞かせる。カラダが冷えただけ、ノドが乾燥しているだけの頑張れ根性論とボク。しかし、もう悪寒しかしない。
宮城県石巻市からフェリーで約1時間の場所にある離島で人口約100人の漁師町。島民より、猫が多い猫の島としても有名で、猫を大漁の神様として山の祠に祭っている。人形劇『ひょっこりひょうたん島』のモデルになった島でもある。東日本大震災で津波の被害をうけ、現在も復興中。
ピンバック: 続々続・パソコンと死ぬほど縁がないボクと田代島『たれ耳ジャック』の話。 | ネコボク手帖
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